「団地名あれこれ」

日本住宅公団では、発足当初から団地名について、団地の所在する町名などを冠して、「○○団地」「○○住宅」といった名称をつけていきました。数が増えると、「第一○○団地」「第二○○団地」としたり、新しいイメージとなるよう「○○台団地」「○○丘団地」などと工夫されたりしていました。


しかしその後、地名を重視するあまり、商品イメージとしては必ずし適切ではないという声が高まりました。さらに、昭和51年(1976)に新聞で大きく報道された団地の「空家問題」がきっかけとなり、団地名のつけ方を見直すことになりました。


昭和53年(1978)に、日本住宅公団内で新しい通達が定められ、団地のイメージを向上させるように、外来語を積極的に使用するという方針を打ち出しました。その結果、現在よく見受けられるような「エステート○○」「○○パークタウン」「○○サンハイツ」などいったカタカナを多用したネーミングに変わっていったのです。


(『多摩のあゆみ 第100号』, 財団法人たましん地域文化財団, 2000年, p.92.)